【物語の舞台裏】

たちが生きている
この世の中に存在している全ては、
それぞれに物語を宿しています。
 
物語というものは、
 時代設定があって、
 舞台設定があって、
 主人公がいて、
 引き立て役がいて、
 その他大勢がいて、
 始まりがあって、
 突然の予期しない出来事が起きて、
 それを克服するための冒険があって、
 主人公を心で支える人がいて、
 困難に立ち向かって、
 が引ける
というのもですよね。
 
物語を構成するのに一番大切なことは、
まず主人公がいることですが、
それと同じくらいに大切なことは
なんでしょうか?
 
それは『言葉』です。
 
言葉を紡いでいって、
繋げていって、
文章にして初めて、
物語が進むことができます。
 
私たちが普段、
何気なく使っている言葉、
なにも意識しないで発している言葉は、
生きていく上で
無くてはならないモノであると同時に、
世の中を動かす物語の
大切な構成要素であるのです。
 
こう言うと
 『じゃあ、聾唖者は話せないのに
  生きて行けているじゃないか』
とか
 『言葉を話さない動物や植物だって、
  生きて行けているじゃないか』
とか
 『そもそも生きていない機械などの
  無機質なモノなんて、言葉の概念すら
  ないじゃないか』
と言われると思います。

 

 

 

 
聾唖者であっても、
言葉を発していなくても
コミュニケーションの基本としていることは
文章が必要です。
 
手話や、手話ができなくても、
何かを相手に伝えるには単語単語を
紡いでいく必要があります。
 
指差しだけであっても
 『私』
 『お腹』
 『痛い』
 『寝たい』
 『お願い』
くらいのジェスチャーであれば、
 『あぁ、この人はお腹が痛くて横に
  なりたいから、どこか横になれる
  ところを教えて欲しいんだな』
と理解することが出来ますし、
ジェスチャーから私たちは文章を
導き足すことができます。

 
動物でも、
高度なコミュニケーションを
構成することが出来る類人猿やイルカなどは、
発する声のトーンや種類、
ボディーランゲージで
意思を伝える
ことが出来ますし、
その意思には
『主語』と『述語』が存在します。
 
高度なコミュニケーションを持つことが
できない動物であっても、
行動で示したりして
仲間に合図
を送っています。
 
植物は声を発することは出来ませんが、
自然や環境、大地、太陽、雨、
集まってくる動物や昆虫達と
無言の対話をしながら、時を刻んでいます。
 
無機質な機械も、それが出来上がるまでの
過程には様々な物語がありましたし、
たとえば冷蔵庫であれば、
工場で作られて、家電量販店に搬入されて、
段ボールに閉じ込められたまま、
あなたの自宅へ届けられて、
スイッチを投入されてから今まで
一日も休むことなく、氷を作りながら
毎日いろいろな飲み物や食べ物が
出たり入ったり出たり入ったりを繰り返して、
冷却モータが悲鳴を上げる日まで
あなたの奴隷でい続けるという物語が
あります。
 
世の中に存在するものは、
命あるもの、命ないものに関わらず、
全てのモノには物語があって、
その物語を構成するのには
『言葉』が絶対に必要なのです。

 
なぜなら、いくら物語があったとしても
『言葉』がなければ、その素晴らしい物語を
誰かに伝えることができないのですから。
 
私たちは『言葉』を使って、
自分の考えや気持ちを相手に伝えていますが、
あなたは今までにミスコミュニケーション
起こしてしまったことはありませんか?
 
私は今までに何回もあります。
 
それは、とても小さな言葉尻の違いで
発生してしまいます。
 
意図して話していなくても、
相手の受け取り方によって
コミュニケーションは【正】にも【負】にも
なり得るのです。
 
たとえば、
 『たけし君とのび太君が喧嘩して、
  殴ってのび太君が怪我したんだって』

という一文があるとします。
 
あなたは、どう解釈しましたか?
 
たけし君とのび太君は喧嘩をしました。

のび太君が怪我をしたのだから、
たけし君がのび太君を殴って、
のび太君が怪我をしたと思ったと思います。
 
でも、もしかしたら殴ったのはのび太君で、
たけし君が殴られたけど屈強な男だったので、
ひ弱なのび太君は殴った手を自ら痛めて
しまったのかもしれません。
 
文章というものは、
単語の置き換えや、
順番の入れ替え
それぞれの言葉が示す先
助詞の1語であっても、
内容をガラッと変えてしまう
ことが出来るのです。
 
 『たけし君は歩いてきました』
と言えば、
たけし君は普通に来た感じですけど、
 『たけし君が歩いてきました』
だと、少し来てほしくない印象がありますし、
 『たけし君も歩いてきました』
なら、来る方法に迷ったけど、
歩いてきた人が他にもいる感じで、
 『たけし君と歩いてきました』
になると、一緒に来ていますよね。
 
この例文では、正には、が、も、と
1語しか違いませんが、物語の内容は
全然違ったモノとなりますよね。
 
物語を構成する文章、
【1語、1句、1行】
はとても重要だということが
分かると思います。
 
しかしながら、物語にもっとも大切なのは、
主人公でも、言葉でもないのです。
 
それは、
『物語はどうして生まれたのか?』
ということです。
 
物語はもちろんとても大切です。
 
世の中の全ての事象には
『物語』が存在しています。
 
 
では、
 『なぜ、その物語が生まれることになったのか?』
を突き詰めていかなければ、
物語の本質を見極めることはできません。
 
それぞれの物語には
『プロローグ』から『エピローグ』
に繋がるまでの、
長い一本の線があります。
 
その線は物語の中にあるのではなく、
実は長い長い線の一部分だけが
『1つの物語』なのです。
 
つまり、
物語が刺さっている一本の根幹となる
線を見付け、それを辿って
プロローグの前、どういう経緯を経て
その線にこの物語が刺さったのかを
見極めることができれば、
あなたは物語の本質を
理解することができるのです。
 
あなたが橋の上から見下ろしている川は、
その川の極々一部でしかありません。
 
遥か遠い山の湧き水から始まって、
長い長い道のりを経て、
あなたの足元を超えて、
また長い旅をして海へ流れ込んでいますよね。
 
同じことなんです。
 
足元に広がる川を見ただけで、
その川の全てを理解した気になって
いることが、いかに浅はかなことだと
いうことが分かると思います。
 
川の源流をしっかりと見つめて、
理解しましょう。
 
物語はそこからです。
 
視点を目の前で落とすのではなく、
遥か遠くへ置いてください。
 
 
源流の存在ほど、肝心なモノはありません。

 

 

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