【人は簡単に死ぬ 人は簡単に死なない】


きっとあなたは
『何いってんの?こいつ』
となったかもしれません。
 
まったく逆のことを当たり前のように言って、
結局なんなんだよと思ったでしょう。
 
でも実は、
このどちらも本当のことなんですね。
 

 

 
医療の現場に立って17年の月日が経ちました。
 
私がこの業界に入る時に
『おぎゃー』と生まれた赤ちゃんは、
もう高校2年生になるんです。

ピッカピッカの小学一年生だった子供は、
もう働き始めて2年目になるんです。
 
それくらい長い期間なんですね、
17年間というのは。
 
延べにしたら、いったい何人の患者さんと
関わってきてのか、もはや数えきれません。

中学生くらいの患者から、
一世紀以上世の中を見てきた患者さんまで、
 老い若きも、
 も、
 金持ち貧乏も、
 日本人諸外国人も、
本当にいろんな方を見てきました。
 
病院、特に総合病院に集まる人々というのは、
世の中の縮図なんですね。
 
こんなに雑多な人々が、
同時に集う場所は他には想像もつきません。
 
共通点といえばただ一つ、
みんな病気を患っているか、
怪我をしているかの
どちらかだということです。
 
いわゆる『健康』と一般的に
言われる状態ではないということです。
 
 
病院では一般的な会社のように、
『この日はみんなで社員旅行へ行こう!』
とか、
『全職員、一斉朝礼』
とか、そんなものは存在しません。
 
しないというのは語弊があって、
『できない』が正解です。
 
なぜならば、病院は24時間365日
ひとときも休むことなく
稼働を続けなければならないので、
物理的に無理なんですね。
 
なぜそんな状態なのかといえば、
みなさん当たり前のように知っていると
思いますが、人間が病気になるのに
時間は関係ないんです。
 
あなたは頭が痛くなる時に、
『今は病院が開いている時間だから、
 頭痛くなろう』

とか、
『あと4時間すれば病院の受付が始まるから、
 そうしたら胸が苦しくなろう』

とか思わないですよね。
 
突然お腹が痛くなったり、
動悸がしたりするんだと思います。
 
怪我も同じです。
 
『今日は日曜日だから救急病院の
 遠いところへ搬送されちゃうから、
 明日の朝になったら車に轢かれよう』

とか、
『今の時間だったらジャングルジムから
 落ちても大丈夫だから落ちよう』

とか思わないですよね。
 
みんなが病院を必要とするのに、
時間帯や曜日や、日付なんか
全く関係ないんですよね。
 
だから、病院、とくに総合病院は
休みがありませんし、
そこで働く人間はそういうことを
当たり前のこととして受け入れながら
働いているんです。
 
 
医療関係ではない友人によく
『病院で働くって大変だよね〜』
とか、
『スゴイよねー、よく身体もつよねー』
とか言われたりするのですが、
働いている人間からの返答としては
『?』って感じです。
 
なぜならば、それらが
『当たり前』
のことだからなんです。
 
なにも特別なことではありません。
 
急患がくれば
何時であっても治療を開始しますし、
元旦であっても手術を開始します。

 
そんなもんなんですね。
 
なので、
この17年間で診てきた患者さんというのは、
本当に様々な人、
本当にたくさんの人なんです。
 
 
そんな現場にいる私が
あなたにお伝えしたいことは、
『人は簡単に死ぬ。人は簡単に死なない。』
ということです。
 
 
人間が生きている状態というのは、
ただ単純に細胞が活動しているものでは
ありません。

意識もあるし、
気持ちも籠もるし、
考えもあるし、
人格もあるし、
そもそも生きる気力がある状態のことです。

廃人と言われる状態が
果たして『生きている』状態か
と言われれば、いささかの疑問があります。
 
 
話を戻しますね。
 
人間は、ある一定ラインを超えると、
『えっ?!?』
と驚くくらい簡単に死んでしまいます。

そのラインはとても細くて、
なかなか見ることができませんし、
注意深く観察していないと
気付くことも難しいものです。
 
人によって、
そのラインも違います。
 
『Aさんはあれをやっても大丈夫だったよ』
と言われても、それがあなたに
通用するかどうかは別の問題なんですね。
 
ラインを越えてしまうと
死に至ってしまいますが、 

ラインを越えさえしなければ
死なないんです。

 
 
どうすればそのラインを
見極められるかですが、、、

 


たとえばあなたが何か

重い荷物を持っているとします。
 
そうだな、
2Lのペットボトルに入った水だとしましょう。
 
重いですよね。
 
『重てーなー、これ』くらいに思いますけど、
その重さはさほど気にならないと思います。
 
これが2本になったらどうでしょう。

『あー重てー、腕だりー』って
感じになると思います。
 
これが6本入りの段ボールになったら
大体12kgで、
『ちょっと、ホントに重いんですけど。
 早く置けないかな』
と考えるんです。
 
米一袋30kgになると、
『ちょ、まっ、えっ?マジ?』ってなって、
『ふんぬっ!!』って気合を入れないと
持ち運べないんですね。
 
でも、まあ無理じゃあないんですよ。
 
これがドラム缶に
重油が満タンに入っていたら、
だいたい200L入りなので200kgくらいです。
 
普通は持ち上がらないですよね。
 
でもドラム缶の重さや、
自分の持ち上げられる重さの
予備知識がないと、
そもそも持ち上げられるかどうかも
わからないんです。
 
なので、抱えてみて『ぐっ』っと
力を込めて持ち上げようとしてみます。
 
『ぐおぉぉー』ってどんどん力を
込めるんですけど、ドラム缶は
持ち上がらないわけですよ。
 
ムキになって持ち上げようと頑張って、
火事場のクソ力をひり出して
運良く少し動いたとします。
 
大抵はここで
『いやーこりゃ無理だわー』
ってなるんですけど、
『いやいや、まだイケるっしょ!』
とか誰かにけしかけられたら
頑張ってしまうかもしれません。
 
そうなると、火事場のクソ力を出し続けて
持ち上がったとしても、
それは既に限界を超えている力なので
維持することはできないんですね。
 
もちろん、すぐに
持ち上げることができなくなって、
ドラム缶を落としてしまいます。
 
運が良ければそのままドラム缶を
元の位置に戻すことができますが、
そうでなければドラム缶を足の上に
落としてしまうかもしれないし、
バランスを崩して自分に倒れてくるかも
しれないし、腕が持って行かれて
腱が切れてしまうかもしれない。
 
なぜなら、
【限界を越えてしまったから】
なんです。
 
 
人間には誰しもが【限界】
というモノを持っています。
 
それはどんなことに対してもです。

許容値と言えばいいでしょうか。

致死量と言えばいいでしょうか。

どちらでも同じことなんですけどね。
 
 
ある一定の許容値というのは
大体決まっていますよね。
 
コーヒーは何杯飲んだダメとか
レッドブルは何本飲んだらダメとか
睡眠薬は何錠飲んだらダメとか

ありますよね。
 
どんなものにも【限界値】があるんです。
 
逆を言えば、その限界値にまで達しなければ
大丈夫ということです。
 
身体の中には血液が流れていますけど、
まあ5Lくらいとしましょう。
 
そのうちの30%〜50%を失うと
死ぬといわれています。
 
50%だとすると、2.5Lですね。
 
その限界値まで行かなかれば死なないんです。
 
どんなにドバドバと出血していても、
その致死量にまで到達しなければ
死なないんです。
 
でも、ひとたびその限界値を越えてしまうと、
『えっ?あれっ?? 死んじゃう???』
というくらいあっさりと死んでしまうんです。
 
数値として限界値が分かっているものは
いいですが、そうでないことが大半です。

 

 
どんなに辛くなったり、
苦しくなったり、
痛くなったりしても、
『限界値』にまで到達しなければ、
決して死なないんですね。
 
傍から見て、
『えー、あんな事したら、死んじゃうじゃん!』
とか、
『そこまでやったら死ぬでしょ』
とかあると思います。
 
もし自分の身に起きていることだったら、
『ちょ、ちょ、マジ、それ以上は苦し、、、
 死、、死ぬ、、、』
とか思ったりすると思います。
 
でもそれがどんなにヒドい状態であっても、
『限界値』を超えない限りは死なないんです。

 
で、どうやってその『限界値』を
見極めるかって話ですよね。
 
 
。。。
 
 
『灯滅せんとして光を増す』
って耳にしたことありますか?
 
元々はロウソクなどが消える直前に、
瞬間的に火の勢いが増して明るさが
増すところから来ています。
 
これは同じように、
人間にの生命にも言えることなんですね。
 
 
麻薬ってありますよね。
 
使い方によっては人間を退廃させてしまう、
悪魔の薬です。
 
なぜ退廃させてしまうかというと、
痛みや苦悩などから解放される作用があるので、
一度それを体験してしまうと
現実に生きているのが辛くなり、
またその快楽に浸りたくなってしまって、
それを繰り返していると快楽から
抜けられなくなってしまうからなんですね。
 
麻薬と一概に言っても、
実にさまざまな種類がありますが、
ここでは割愛します。
 
麻薬の歴史は古く、
現代までの人類の発展に
良くも悪くも大きく関係してきました。
 
麻薬がこの世に登場していなかったら、
あらゆる文化は今とは全く違った成長を
遂げていたことでしょう。
 
快楽を追求するために
使われることが多い麻薬ですが、
人間の中にも麻薬が備わっています。
 
『脳内麻薬』って聞いたことが
あると思います。
 
末期のがん患者に対して
強い痛み止め薬などに使われる
モルヒネなどと似たような作用を示す物質で、
人間の脳内に自然とあるものです。
 
極度の肉体的苦痛などに対して
自然放出されるときの痛み止め効果は、
がん患者に使うモルヒネの
6.5倍とも言われているんですね。
 
それほど強烈な麻薬が
私達の脳内にはあるんです。
 
そもそもなんで脳内に麻薬があるのか
というのは諸説ありますけど、
有力なのは
『死を前にして、苦しまないように』
するための神様からの贈り物という見解です。
 
『そんなお伽話みたいなの、
 なに言ってんだよ!』

と思った方はここで読むのをやめてください。
 
 
。。。
 
 
では続けます。
 
脳内麻薬は、実はいろんな場面で
放出されています。
 
死の直前

極度の痛みを伴うとき

極度の苦痛を伴うとき

危険が差し迫っているとき

などが主なときです。
 
どういうことかというと、
人が『死ぬ』ときというのは、
今まで生きてきて

楽しいこと、

苦しいこと、

悲しいこと、

辛いこと、

痛いことなど

いろんなことがありましたけど、
それら全てから解放される瞬間なので、
その時くらいは幸せに死ねるように
大量の麻薬が放出されます。
 
ほとんどの『死に顔』が幸せそうなのは、
この作用がもたらしているからなんです。
 
また、人間は痛みや苦しさだけで
充分死んでしまうことが、
過去に実際に行われた人体実験から
分かっているので、
極度の痛みなどからは逃れようと
自己防衛が働くんですね。
 
肉体的にも極限状態を超え続けると、
筋肉や骨などが耐えられなくなって
壊れてしまうので、普段はストッパーを
掛けられていますが、一定値を超えると
脳内麻薬が放出されて
限界を越えてしまうんです。
 
火事場のクソ力や、ランナーズハイなどが
そのいい例です。
 
つまり、人間が『死』に近づき過ぎると
脳内麻薬が放出されて、
それまで耐えてきたあらゆるものから
開放されて、一見すると【元気】
なっているんです。
 
これが『灯滅せんとして光を増す』
の状態です。
 
つまり、この状態になるということは、
もう『死』がそこまで近づいている
ことなんですね。
 
その人の生にとって、
自分自身の生にとって、
脳が『もう限界値を越えます』って
教えてくれているんです。
 
 

これが『生と死とのライン』なんです。
 
 
 
脳が無意識のうちに、
その宿っている肉体や精神の限界を感じ取り、
危険信号を出しているんです。
 
それを無視して続けると、
人間はいとも簡単に死んでしまいます。
 
 
あなたは今までの人生の中で、

高熱を出しすぎて身体がフワッと
軽くなった時がありませんでしたか?

泳いでいて息つぎができない状態が続いて、
『もう溺れてもいっか』って
思ったことはありませんか?

あまりにも痛いキズを負って痛すぎて
我慢できないのに、それが続いて
ワケが分からなくなったことはありませんか?

貧血で倒れるときに、意識を失う直前に
ポッと幸福感に包まれたことはありませんか?
 
これらの体験を今までしたことがなくても、
少しずつですがあなたの人生の中で、
あなたの生が脅かされるときには、
あなたの脳が脳内麻薬を放出し、
知らず知らずあなたを守っているんです。
 
このサインを日々の中で
見逃さないようにすれば、
あなたは人の生死の境目を知り、
人は必ず『死ぬ』という現実に対して
もっと真摯に立ち向かえることに
なるでしょう。

 

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