文字や言葉を使わなくても、
お互いの気持ちや考えなどの
心と心・気持ちと気持ちとが、微妙なところまで
通じ合うことなんだけど。
元々は禅宗の仏教用語から来てるんだ。
微妙なニュアンスで伝えられてきた奥深い仏教の真髄は、
そのあまりにも深い意味合いから複雑な思考が絡み合って
文字起こしすることはもちろん、
言葉で全てを表すことが極めて難しいんだよね。
つまり、師匠から弟子へ
この教えを正しく伝達するには
『以心伝心』の心のつながりがなければ
成し得なかったんだ。
ちなみに『以心伝心』の由来は
釈迦から弟子の迦葉に伝達するときに
という言葉から来ている。
『景徳伝灯録』ってのに載ってるよ。
英用だと
『That which comes from the heart will go to the heart.』
ってなるけど、どうでもいいね。
もうわかったと思うけど、
一般的に同義語、類語で言われる
同調
共鳴
同感
共感
阿吽の呼吸
意思疎通
などとはちょっと違う。
これは、自分と相手との信頼関係が
充分すぎるほど充分でなければ成り立たないんだよ。
でもね、みんな普段の生活で
実は結構この以心伝心を期待してる部分が多いんだ。
?
思い返せないかな??
そうだよね、
何気なくそれを使用しているから
自分では『以心伝心』をしようとは
全く思っていないんだと思う。
それはね、
『愛情』が深く掛かる状況で使われる。
親子関係や恋人関係だ。
どうだろう。
少しは心当たりがあるんじゃないかな?
なんでわかってくれないんだ?
どうしてああ言うことを言うんだろう?
なんでこうしてくれないんだ?
どうしてそうなっちゃうかなぁ?
親や恋人に、こう思ったことはないだろうか。
自分が相手に信頼を寄せているからこそ、
相手は自分を解ってくれると思っているからこそ、
以心伝心が通じない場合に、
その想いは怒りや喪失感に置き換わってしまう。
そりゃね、
分かるはずもないんだよ。
師匠と弟子のように
24時間365日、常に一緒に行動して寝食も共にしていれば
自ずと思考や行動などが通じるけど、
親子や恋人だ。
そう常に一緒にいられるわけでもない。
でも、自分が信じているからこそ
相手は全てをお見通しだと勝手に勘違いしてしまうんだ。
そして、あなたも
相手を全て理解していると勘違いしている。
だからこそ
小さな勘違いから発生した亀裂は
多いなガケ崩れへと発展してしまうんだ。
分かるはずはないんだ。
じゃあどうすればいいのか?
『相手にきちんと言葉で伝える』
これだけだ。
とても簡単でとてもシンプル。
しかし、同時にとても難しい。
言葉ってのは、
伝える順番、タイミング、語呂、感情、
抑揚、大きさ、速度、音色、脈絡、
など、実にさまざまな要素で
相手に与える印象は全く異なるものになる。
でも、この『言葉で伝える』ってことを忘れがちで、
そこから軋轢が生まれるんだ。
言葉で伝えればいい。
そして目の前で相手が勘違いしたら、
その場で理解してくれるまで修正すればいい、
言葉で。
そうしなければ、
あなたの心が伝わることはない。
人間には『言葉』がある。
これはとても素晴らしい意思の伝達方法だ。
他の動物にはない。
もちろん植物にもない。
人間だけが持つ
特別な心の表現方法なんだよ。
『言わなくても分かるでしょ?』
じゃない。
『言ってくれなきゃわからない!』
んだよ。
なかには本当に言わなくても分かる人も
いるでしょう。
なかには分からなくても解ってる
つもりになってる人もいるでしょう。
なかには分からなくても解ってる
フリをしている人もいるでしょう。
でも、ほとんどの人は解っていないんだよ。
私は鈍感です。
分かりません。
でも、相手を解かろうとします。
だから、相手を信じます。
相手を信じない人を誰が信じてくれますか?
あなたは
分かる人?
つもりの人?
フリの人?
じゃねー
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